奥山の桜の名所づくり16年目の春です。
http://www.aitw.jp/article.php/20090402211206488
身近な奥山にお花見のできる場所を作りたいという、
志賀郷に住む女性としての、ささやかな願いでした。
奥山は、男性ばかりでなく、ふるくから地域の
女性も一年に必ず何回か、作業に入ってきた共有山です。
共有山奥山の風景の中に、たとえ数本でも、桜のいろどりがあったら
杉とヒノキの植林の山が、もっと美しく、楽しいものになる
これからの田舎の生活のなかに、楽しい場所が生まれると、わたくしは夢見たのです。
「奥山に描く夢の風景画」という1993年夏に書いた文章は、気持ちは
今でもまったく変わっておりません。
植林の行き届いた山ですから、桜を植える場所を見つけることも簡単ではありませんでした。
初めの12年間は、地区婦人会の、継続事業でしたから、植えて、世話をしやすいところを探して
植えたので、一年に平均して10本ぐらいしか、植えておりません。
「奥山の風景に溶け込むように桜を植える」という考え方で進めてきました。
奥山の土地に桜の苗が、根付いて、なじむまでにも、時間がかかっております。
桜にとってもやはり、厳しい条件の場所なのです。
苗が100パーセント根付いて育つ、ということはほとんどありません。
途中で消えたり、10年目で、美しい満開の花を見せて、
そのあと枯れて、伐採しなければならなかった3本の八重桜のことは、お墓を建てたいぐらい、
懐かしい、残念な思い出です。
どの桜も、生命ある限り、多分いつかは枯れる日を迎えるのでしょう。
でも、悲観したことはなく、大きな反対もなく、12年間女性組織の力で、
ちょっとづつ、継続してきました。続けていくと、自治会や公民館の協力も
お願いできるようになりました。
奥山を管理運営する地域の組織、<志賀・郷和会>の役員の方々の
物心両面での支持がなければ、続けられなかったと思います。
男性と女性の両方の力の合作です。
2005年に地区婦人会が解散してからは、文字通りに、地域住民の
ボランティアによる組織となって、公民館活動に準じるものとして
つづいて、現在に至っています。ありがたいことです。
今、新しい時代を迎えて、奥山の桜も
いっそう元気に育っていくことと、願っております。
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